8b 日清戦争の総合的研究(日本)

 

日清戦争についての研究、という場合、研究対象の範囲は、非常に大きなものになります。例えば地理的には、主に日本を対象としているのか、朝鮮か、清国か、その全てか。あるいは、分野別では、特に軍事的側面か、外交的側面か、国内政治の側面か、社会への影響などそれ以外の側面か。

このページでは、本ウェブサイトを制作するにあたって参考にした図書・資料のうち、日清戦争の全体像を総合的に研究したものや資料の中で、日本の研究者・著者によるものを挙げます。

この分野では何と言っても、田保橋潔の『日清戦役外交史の研究』(1951)などの一連の著書が、最重要文献とされています。また、信夫清三郎の『日清戦争-その政治的・外交的観察』(1934、藤村道生校訂版 1970)なども、必読文献とされています。しかし、誠に恥ずかしく恐縮ながら、筆者はこうした古典をまだ読んでおりませんので、内容を詳細にご紹介することができません。

以下に挙げていますのは、筆者が実際に読んだものだけです。

 

① 日清戦争の総合的な研究書中で読みやすいもの

日清戦争の総合的研究として代表的なものの中で、新書版であったり写真が多数入っていたりと、手に入りやすく読みやすいものとして、下記があります。

● 藤村道生 『日清戦争』
● 原田敬一 『日清・日露戦争』
● 檜山幸夫 『日清戦争』
● 大谷正 『日清戦争』

 

藤村道生 『日清戦争-東アジア近代史の転換点』
岩波新書 1973

藤村道生 日清戦争 表紙 写真

日清戦争に至る経緯から、開戦外交、戦争の経過、日本の対朝鮮政策、講和と三国干渉、台湾占領、日清戦後の日本と東アジアまで、日清戦争の全般にわたって、新書という制約の中で、全体のバランスよく、また非常に分かりやすく記述された名著であると思います。

出版からすでに半世紀が経過し、決して新しい本ではありません。また、内容の中には、その後の研究の進展の結果、修正が妥当と思われる点も一部にないではありません。しかし、日清戦争を1冊で理解する、というなら、未だに本書を上回る内容の本は出ていないのではないでしょうか。

本書は、今は新本では出ていないようです。岩波新書全体の中でもレベルが高い優れた本であるのに、それが継続して出版されていないのは、天下の岩波新書として、残念な気がします。ただし、古書で容易に手に入ります。

本書は、本ウェブサイト中でもっとも多くの引用を行っている本です。以下のページで、引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2a2 日本② 対外硬派

同 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変

同 2c4 朝鮮④ 東学乱まで

3 日本の戦争準備 3c 朝鮮出兵と開戦決定

同 3d 朝鮮王宮襲撃事件

4 日清戦争の経過 の全てのページ

5 講和と三国干渉 の全てのページ

6 朝鮮改革と挫折 - 6a 大鳥公使時代の朝鮮

同 6b 井上馨による朝鮮内政改革

同 6c 三国干渉後の井上公使退任

7 日清戦争の結果 - 7a 東アジアの不安定化

 

原田敬一 『日清・日露戦争 (シリーズ日本近現代史③)』
岩波新書 2007

原田敬一 日清・日露戦争 カバー写真

岩波新書の、幕末から戦後までを扱った「シリーズ日本近現代史」の1冊で、通史の一部として書かれています。本書では、第一回帝国議会の1890年から、韓国併合の1910年までの約20年間について、初期議会、条約改正、日清戦争、台湾征服戦争、日清戦後と国民統合、民友社と平民社、日露戦争と韓国併合、の各章が記述されています。

この著者には、日清戦争の軍事的な展開に集中して記述した 『日清戦争』 という著書(「8e 日清戦争の戦史研究」のページの方に挙げています)もあるためだと思いますが、本書の内容は、それとは重なっておらず、日清戦争期の前後の日本国内の政治情勢や、国内の新聞報道、などを中心としていて、新書らしく読みやすく記述されています。

日清戦争に至る時期の議会の動向などを含め、上掲の藤村道生『日清戦争』では詳しくは記されていなかった部分が詳述されているとも言え、その点で本書も価値があります。

本書からは、本ウェブサイト中の下記のページで引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2a1 日本① 内閣と議会

同 2a2 日本② 対外硬派

同2c6 朝鮮⑥ バード・塩川の観察

4 日清戦争の経過 の全般

6 朝鮮改革と挫折 - 6b 井上馨による朝鮮内政改革

同 6c 三国干渉後の井上公使退任

7 日清戦争の結果 - 7c 日清戦後の軍拡

 

檜山幸夫 『日清戦争 - 秘蔵写真が明かす真実』
講談社 1997

檜山幸夫 日清戦争 カバー写真

本書は、「日清戦争の全体像を明らかにするのが目的」であり、下記の構成になっています。

第1章 朝鮮出兵事件と日朝・日清開戦
第2章 「軍人天皇」と「国民」の形成
第3章 戦争と兵士
第4章 軍事作戦
第5章 日清講和条約と三国干渉
第6章 台湾統治と台湾戦線
第7章 国民動員と軍国の民
終章 日清戦争とは何であったか

「秘蔵写真が明かす真実」という副題は、本書中で『日清戦争写真帳』などの写真が多数使われているからです。しかし、写真のはめ込まれた位置が、本文の記述内容から若干ずれている場合もあって、せっかくの写真が効果を十分に発揮しきっていないところもある点が、誠に残念です。

通例の研究書が取り上げている観点に加えて、国民や兵士といった、いわば社会史的な観点も網羅している点に、本書の特徴があります。また、本書は、日清開戦について、無思想で場当たり的な対応の結果として戦争に至ったとの見解を提示し、ある程度意図的に開戦されたと考える従来説から転回している点で、重要さがあると思います。

なお、著者は台湾征服戦を「日台戦争」と名づけた点で、論争の元にもなりました。その点はともかく、本書は、他の研究書ではあまり取り上げられていない講和後の台湾平定について、軍事・行政の両面から詳細に検討している点でも、価値があると思います。

本書からは、本ウェブサイト中の下記のページで引用等を行っています。

3 日本の戦争準備 - 3c 朝鮮出兵と開戦決定

同 3d 朝鮮王宮襲撃事件

4 日清戦争の経過 - 4b7 中盤戦⑦ 遼河平原と占領地

同 4d 台湾征服戦

 

大谷正 『日清戦争 - 近代日本初の対外戦争の実像』
中公新書 2014

大谷正 日清戦争 カバー写真

日清開戦120年に出版された本書は、最新の研究成果が反映されており、日清戦争への入門書として、高い価値があるように思います。

本ページの冒頭に挙げた藤村道生 『日清戦争』 と比較すると、下記の特徴があります。

● 藤村著書では記述が少なかった、旅順虐殺事件での報道とその対応、日清戦争全体についての当時日本の新聞雑誌による報道状況、従軍記者・出征者による見聞記などについての記述が、大幅に盛り込まれている。
● 藤村著書以後に明らかになった研究成果が盛り込まれ、藤村著書の見解のうち修正されるべき点が説明されている。
● 他方、新たな内容を盛り込んだ分、政治・外交・軍事面での記述量が、藤村著書に比べかなり少なくなっている。

藤村著書は、日清戦争に関わる政治・外交・軍事の各側面についての記述が豊かでバランスが取れている点に特徴がありますので、本書が出たからと言って、藤村著書がその価値を失ったわけではない、と言えます。従って、本書と藤村道生 『日清戦争』 の2冊をセットにして、まずは藤村著書を読み、次に本書を読む、という読み方をお奨めします。

また、本書巻末の参考文献リストには、本ウェブサイトの参考図書リストに入っていないものが多数リストアップされているだけでなく、重要なものにはコメントも付されていて、非常に役に立つと思います。

なお、本書には一つだけ、読み方に注意が要ると思われる点があります。日清間の争いの対象となった朝鮮の、当時の状況に関する記述についてです。

本書は全般に、経済的な背景・状況の説明が少ないという印象がありますが、特に朝鮮について、当時の深刻な財政危機の状況と、その本質的な原因であった李朝の政治経済体制の行詰りについての記述が、十分ではないように思います。その結果として、当時の朝鮮国内の政治勢力には反日か否かの2派対立しかなかったかの如くに誤解されかねない、という印象と持ちましたが、いかがでしょうか。

平壌戦・黄海海戦と第二次農民戦争鎮圧を合わせて、「朝鮮半島の占領」という表題の下に記述されていますが、朝鮮国内でも、清国軍との交戦地以外への派兵規模は、全土で3000人にも満たなかったのですから、この表題もミスリーディング、という気がします。

そうした点はあるものの、藤村著書のうちで見解が修正されるべき点が指摘された読みやすい入門書として、非常に価値がある、と言えるように思います。

本書からは、下記のページで引用等を行っています。

3 日本の戦争準備 - 3c 朝鮮出兵と開戦決定

4 日清戦争の経過 - 4a3 序盤戦③ 平壌の戦い

5 講和と三国干渉 - 5b 三国干渉

 

② 日清戦争研究の大家による研究書

この分野の大家の研究書として、下記があります。

● 大江志乃夫 『東アジア史としての日清戦争』
● 中塚明 『日清戦争の研究』

 

大江志乃夫 『東アジア史としての日清戦争』
立風書房 1998

大江志乃夫 東アジア史としての日清戦争 カバー写真

500頁を越える大部の著作です。全体のおよそ半分は、「征韓論」から始めて壬午軍乱までの期間の、日本の政治史・陸海軍建設史と、日朝関係史にあてられています。残りがその後の日清朝関係史、そして日清戦争の開戦から講和に至るまでの外交と軍事の展開です。したがって、むしろ日清戦争に至る前史のほうにウェートがある研究書である、といえます。

大部の著書で、内容は豊かです。そのため、扱っている期間も長く、範囲も広いので、とても簡潔、というわけにはいきません。

本書の中では、当時の統計資料のデータ、あるいはさまざまな研究書の見解などが、多数紹介されています。そういう点から、本書は、いわば日清戦争についての百科事典、として活用できるように思います。

本書からは、本ウェブサイト中の下記のページで、引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2a3 日本③ 谷干城の意見

同 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情

3 日本の戦争準備 - 3b 日本の指導者たち

4 日清戦争の経過 - 4b4 中盤戦④ 旅順虐殺事件

同 4d 台湾征服戦

 

中塚明 『日清戦争の研究』
青木書店 1968

本書は「日清戦争の全過程を考察することによって、この戦争の歴史的性格を明らかにすることをめざして書かれた」ものです。序章では、征韓論から甲申事変までの日朝関係史、第1章では日朝経済関係、第2章では日清開戦外交、第3章は日清戦争中の日本政府の対朝鮮政策、第4章は軍事的な問題、第5章は日清講和条約、第6章では日清戦後の軍拡が論じられています。

著者は、本書記述の留意点は「日清戦争の全過程、すべての局面を、専制天皇制の政治の延長として解明すること」であると、「はじめに」で書いていますが、この文章に表れているように、この著者の場合、本著だけでなく他の著作も含めて、こうした「教条的」な表現が、時々出て来ます。

しかし、具体的な研究内容については、たとえば講和について、最初の草案であった「予定条約」が徐々に改訂されていく状況を、陸奥史料に基づいて論証するなど、徹底的に学究的です。著者の「教条的」な記述を好まない方は、正邪論・善悪論的な定性評価を行っている個所だけ読み飛ばしていただけばよいかと思います。それ以外の部分は、まさしく学究的で価値が高いと思いますので。

本書は、本ウェブサイト中、「3 日本の戦争準備 - 3c 朝鮮出兵と開戦決定」のページで言及しています。

 

③ 日清戦争についての論文集

日清戦争の総合的研究として、論文集でレベルの高いものとしては、筆者は以下を読みました。

東アジア近代史学会編 『日清戦争と東アジア世界の変容』 上・下
ゆまに書房 1997

論文集であって、一人の著者による研究書ではありませんが、内容がきわめて多岐にわたっていますので、この総合的研究書の項目に挙げます。1993~95年の「日清戦争百年国際シンポジウム」の研究活動を総括するために、刊行されたものです。

本書は、下記の構成となっています。第2章までが上巻で、第3章以下が下巻。計34論文が収録されています。

序、檜山幸夫の総論
第1章 日清戦争と国際関係 (9論文)
第2章 東アジア世界と日清戦争 (7論文)
第3章 日清戦争の戦争指導 (9論文)
第4章 日清戦争の諸相 (9論文)

このウェブ・サイトでは、本書の中の、下記の論文から引用を行っています。

● 関捷 「甲午中日戦争期における東アジアの国際関係」
「2 戦争前の日清朝 - 2b 清国 対日・対朝の政策」のページ)

● 原田環 「日清戦争による朝清関係の変容」
(「同 2b 清国 対日・対朝の政策」のページ)

● 原田敬一「軍夫の日清戦争」
「4 日清戦争の経過 - 4b7 中盤戦⑦ 遼河平原と占領地」のページ)

● 秦郁彦「旅順虐殺事件―南京虐殺と対比しつつ―」
「同 4b4 中盤戦④ 旅順虐殺事件」のページ)

● 安岡昭男「日清戦争と検疫」
「同 日清戦争の経過 4c1 終盤戦① 澎湖島」
「同 4c2 終盤戦② 直隷決戦準備と撤兵」
「同 4d 台湾征服戦」の各ページ)

● 呉密察(翻訳・酒井郁)「日清戦争と台湾」
「同 4d 台湾征服戦」のページ)

他の論文も含め、読む価値の高い論文集であるように思います。

 

④ 日清戦争に関する回顧録

日清戦争の開戦時から講和時まで、外務大臣であった陸奥宗光の『蹇々録』があります。

陸奥宗光 中塚明校注 『新訂 蹇蹇録-日清戦争外交秘録』
岩波文庫 1983 (『蹇蹇録』の初刷 1896、岩波文庫旧版 1941)

陸奥宗光 蹇蹇録 カバー写真

日清戦争の開戦から講和まで、外務大臣の職にあった陸奥宗光による著作です。1894(明治27)年4、5月の東学乱から、95(明治28)年5月8日の講和条約批准までの「外交政略の概要を叙するを目的」としています。

確かに重要史料ではあるものの、政治家の回顧録がどこまで信用できるかは、一般的に言って、常に問題であろうと思います。本書の校注者の中塚明は、巻末の解説で、「今日、『陸奥宗光関係文書』 をはじめ、明らかになった外交関係記録などを見れば、陸奥が決してつつみかくさずにすべてを語っているわけではない」と書いています。

朝鮮政策や三国干渉での失敗については、そもそも陸奥自身に大きな原因があったわけですから、本来は、本書中でしかるべき反省の弁があるのが適切であったように思います。しかし、陸奥は自分のメンツを守ろうとしてしまったのでしょう。結果として、後のカイゼンが生み出せませんでした。

本書からは、本ウェブサイト中の下記のページで、引用等を行っています。

4 日清戦争の経過 - 4a1 序盤戦① 豊島沖海戦

5 講和と三国干渉 - 5a 下関講和条約

6 朝鮮改革と挫折 - 6a 大鳥公使時代の朝鮮

同 6c 三国干渉後の井上公使退任

 

 

 

次は、日本人以外による、日清戦争の研究あるいは資料についてです。