8n 朝鮮の経済状況

 

朝鮮の開港後、日清戦争に至るまでの時期についての朝鮮経済史、あるいは、防穀令事件など日朝の経済関係に関する文献・資料についてです。

 

韓国の経済史

李憲昶 (須川英徳・六反田豊 監訳) 『韓国経済通史』
法政大学出版局 2004

本書は、著者が、勤務する高麗大学政経大学経済学部での講義用のテキストを土台として執筆したものであり、この日本語版の内容は、2003年2月韓国で刊行された同書第二版とほぼ同じであるとのことです。

内容はまさしく韓国の経済「通史」で、4部構成となっており、その内容は以下のようになっています。全体で800ページ近い大著です。

第1部 中世(李氏朝鮮建国から開港まで)
第2部 近代前期(開港から解放まで)
第3部 近代後期(解放から1980年代まで)
第4部 現代(1990年代から現在まで)

日清戦争期の朝鮮経済を理解するためには、本書の第1部と、第2部の前半ぐらいまで、読む必要があります。日清戦争の研究者には、必読書の1冊であると思います。

本書からは、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変

同 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情

同 2c5 朝鮮⑤ 経済の状況

同 2c6 朝鮮⑥ バード・塩川の観察

 

日本人の観察者による同時代の経済資料

塩川一太郎 『朝鮮通商事情』
八尾書店 1895

当時、在朝鮮10年以上で、京城の日本領事館書記生であり、朝鮮語も出来た著者が、日清戦争中に刊行した本です。本書は、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことが出来ます。

本書の内容のうちで、当時の日本商人の問題行動については、多数の研究書に引用されていますが、本書が大きな価値を持っているもう一つの論点である、朝鮮の産業の発達状況に関する記述については、引用をあまりみかけません。しかし、当時の日朝貿易の状況のみならず、朝鮮の産業の発達状況が理解できる重要な資料として、本書も、日清戦争の研究者には必読書の1冊であるように思います。

なお、このウェブ・サイトの本文中にも書きましたが、本書の著者は、現代のカイゼン視点から見ても、きわめて高いカイゼン意識に貫かれた現状把握・分析と提言を行っている、と評価できるように思います。

本書からは、本ウェブサイト中の以下のページで、引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情

同 2c6 朝鮮⑥ バード・塩川の観察

 

防穀令事件、および日本と朝鮮経済

唐沢たけ子 「防穀令事件」 (朝鮮史研究会論文集 第6集 1969 所収)

高橋秀直 「防穀令事件と伊藤内閣」
(朝尾直弘教授退官記念会編 『日本国家の史的特質 近世・近代』 思文閣出版 1995 所収)

吉野誠 「開港期の穀物貿易と防穀令」
(武田幸男編 『朝鮮社会の史的展開と東アジア』 山川出版社 1997 所収)

上掲3論文は、いずれも防穀令事件に関するものです。

1969年の唐沢論文は、開港後の朝鮮から日本への米と大豆の輸出統計を示し、次に1884年から1901年に至る期間に発生した防穀令事件27件を整理したうえで、賠償問題に発展した3件の防穀令事件の内容を詳述、さらに賠償問題をめぐる外交紛糾と、それに関連する日本の議会内の応酬などを詳述しています。

1995年の高橋論文は、防穀令事件の外交交渉面に焦点を当てた論文です。伊藤内閣での本件の取扱いを詳述した上で、本件の解決は当時の日本政府の対朝日清協調路線の現れであった、と論じています。伊藤内閣は当初、朝鮮側が認めた6万円と日本商人側要求の11万円の間で妥協を図ろうとしたこと、大石公使は外交官として全く不適任ことが明白になった後も清国側の大石を外した交渉の提案に乗ろうとしなかったことなど、当時の外交ではメンツがいかに重要と考えられていたかに、あらためて気付かされます。

1997年の吉野論文は、防穀令が朝鮮の伝統的な救荒対策の一つであったこと、しかし防穀令の発令はソウルの食糧問題を深刻化させるなど、朝鮮内の地域間対立を招く原因となっていたことなど、防穀令そのものの意味や効果など、「穀物輸出が朝鮮社会に及ぼした影響」を論じています。朝鮮政府には、伝統的な対策の適用以外のカイゼン発想が無かったことが分かります。

この3論文とも、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情」のページで引用等を行っています。

吉野論文は、加えて「同 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変」のページでも、引用等を行っています。

 

高崎宗司 「在朝日本人と日清戦争」
(岩波講座 『近代日本と植民地 第5巻 膨張する帝国の人流』 岩波書店 2005 所収)

日清戦争期の在朝日本人について、まず戦前の人口の増加や、その職業や危機意識、次に戦中の冒険商人の増加や戦争協力、最後に戦後の人口や居留地の増加、などについて、当時の統計資料などを用いて論じています。

本論文は、本ウェブサイト中、2 戦争前の日清朝 - 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情」のページで、引用等を行っています。

なお、この講座の 『第3巻 植民地化と産業』 の巻にある、橋谷弘「釜山・仁川の形成」も参考になります。

 

島田昌和 「経済立国日本の経済学 - 渋沢栄一とアジア」
(岩波講座『「帝国」日本の学知 第2巻 「帝国」の経済学』 岩波書店 2006 所収)

渋沢栄一による第一国立銀行の設立、そしてその第一国立銀行の朝鮮への進出と、渋沢の朝鮮観を論じています。一読の価値のある論文だと思います。

渋沢流の見方が主流になっていなかったところに、その後につながっていく当時の日本の不幸があったように思われます。

本論文も、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情」のページで、引用等を行っています。

 

 

 

次は、日清戦争中の朝鮮と、日本の主導で行われた朝鮮の内政改革、そして朝鮮の内政改革の主導者となった井上馨についてです。