8m 朝鮮近代史

 

日清戦争で開戦の目的となった朝鮮について、まずは、江華島事件による開港から日清戦争期に至るまでの、朝鮮の近代史に関する参考図書です。

 

木村幹氏と山辺健太郎氏の著作

木村幹 『高宗・閔妃-然らば致し方なし』
ミネルヴァ書房 2007

木村幹 高宗・閔妃 カバー写真

高宗(1852~1919年)と閔妃(1851~95年)の評伝です。

「あとがき」で著者は、「日本植民地期以前の朝鮮王朝においては、国王が他の誰よりも大きな権限を与えられており、彼らを理解することなしに、朝鮮史を理解することはできない」と書いています。

「高宗は決して才能にあふれた人物ではなく、その生涯において多くの間違いを犯している。閔妃は高宗よりは優秀だったかもしれないが、王位継承をめぐる問題と絡んだ彼女と大院君との対立関係が、この時代の朝鮮史に暗い影を落としていることは間違いない」とも書いています。

19世紀後半~20世紀初めの朝鮮史を知るのに一番読みやすく、また内容的にも豊かで分かりやすい1冊である、と思います

本書からは、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変

同 2c4 朝鮮④ 東学乱まで

6 朝鮮改革と挫折 - 6b 井上馨による朝鮮内政改革

同 6c 三国干渉後の井上公使退任

同 6d 閔妃殺害事件

 

山辺健太郎 『日韓併合小史』
岩波新書 1966

山辺健太郎 日韓併合小史 カバー写真

本書は、1876年の江華島条約で朝鮮が開国してから、1910年日本に併合されるまでの歴史をかいたもの(「まえがき」)です。

本書は、「戦後はじめて公開された」朝鮮近現代史の資料に基づいて書かれたもので、出版当時はおそらく画期的な著作であったものと思います。それ故でしょうか、本書の特徴は、著者自身の記述は簡潔にして、その記述の典拠となっている史料を多数載せているところにあります。

すなわち、いわば史料集としての機能も果たしており、そのため、出版年の古い著作でありながら、現在に至っても価値を失っていません。日清戦争研究者にとっても必読の1冊であると思います。ただし、史料は、原文のままで全文掲載、ですので、読むのに多少骨が折れます。

本書は、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変

同 2c3 朝鮮③ 日朝貿易と反日感情

同 2c4 朝鮮④ 東学乱まで

6 朝鮮改革と挫折 - 6a 大鳥公使時代の朝鮮

同 6d 閔妃殺害事件

 

山辺健太郎 『日本の韓国併合』
太平出版社 1966

山辺健太郎 日本の韓国併合 函写真

上掲書の著者が、上掲書の半年ほど後に出版しています。上掲書と異なり、論文集です。

下記の内容となっています。
● 征韓論と日本のナショナリズ
● 江華島事件と朝鮮の開国
● 壬午軍乱について
● 甲申事変について
● 東学乱と日本人
● 閔妃事件について
● 朝鮮問題と日露関係
● 日本の韓国併合と一進会
● 日本帝国主義の朝鮮侵略と朝鮮人民の反抗闘争

本書も、上掲書と同様、著者自身の記述は簡潔にして、史料が多数掲載されています。史料は日本語のみではなく、漢文は漢文のまま、英文は英文のまま、翻訳なしに原文がそのまま掲載されていますので、上掲書以上に、読むのに骨が折れます。しかし、その分史料集としての価値が高く、やはり必読書の1冊であると思われます。

本書は、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変」のページで、引用等を行っています。

 

姜在彦氏の著作

姜在彦 『朝鮮近代史』 平凡社選書 1986

姜在彦 朝鮮近代史 カバー写真

大院君登場以前の、1801年純祖即位以来の勢道政治から始めて、1945年「解放」直後の建国運動と挫折までの、約150年ほどの期間の朝鮮近代史を叙述しています。

全体で300ページちょっとの分量のうち、1905年の日本による保護国化までが、約2分の1弱、日本の植民地時代が残り約2分の1強、という構成です。日本の植民地時代の終焉まで、朝鮮の近代の全体像を理解しておくためには、役に立つ1冊です。

本書は、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

1 帝国主義の時代 - 1d 英のエジプト保護国化

2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変

同 2c4 朝鮮④ 東学乱まで

 

 

 

 

 

姜在彦 『朝鮮の攘夷と開化-近代朝鮮にとっての日本』 平凡社選書 1977

姜在彦 朝鮮の攘夷と開化 カバー写真

本書は、朝鮮を開国させた江華島条約100周年の年に出版された、著者の専門である朝鮮近代の思想史についての論文集です。

下記のさまざまなテーマが扱われています。
● 開国前夜の朝鮮思想像
● 儒教のなかのキリスト教問題
● E・オッペルトのこと-撥陵遠征隊の顛末
● 近世の日本と朝鮮-交隣から征韓への転回
● 江華島事件前後
● 開化派にとっての日本-金玉均の日本亡命とその周辺
● 反日義兵運動の思想と行動
● 開化期の国文(ハングル)運動
● 国権回復のための言論とその受難-大韓毎日申報を中心として

たとえば、日本と朝鮮の儒教は、同じ儒教と言っても、中身に相違があったことなど、近代朝鮮を理解するために非常に役立つ1冊であると思います。

本書は、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c5 朝鮮⑤ 経済の状況」のページで、引用等を行っています。

 

姜在彦 『玄界灘に架けた歴史』
大阪書籍版 1988、朝日文庫版 1993

姜在彦 玄界灘に架けた歴史 カバー写真

本書は、古代から現代までの日朝両国の関係に関する、著者の「史論集」です。日清戦争期に関わる記述に限って言えば、本書全体のごく一部の分量です。

著者自身の言葉によれば、「古代から現代に至るまで、一般史では抜け落ちてしまうか、言及されることの少ない史実や人物を通じて、隣国同士の交流と摩擦とを含めたきずなの深さを掘り起こしたもの」(「朝日文庫版に寄せて」)です。

著者ならではの博識によって、様々な史実・人物が紹介され、それにまつわる史論が展開されています。

本書は、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで、引用等を行っています。

 

 

 

 

 

 

朝鮮近代史関係のその他の図書・資料

砂本文彦 『図説 ソウルの歴史-漢城・京城・ソウル 都市と建築の600年』
河出書房新社ふくろうの本 2009

ソウルの歴史に焦点が当てられています。写真が多用された「図説」ですので、王宮と都市の変遷・発展が、具体的によく理解できます。

1894-95年当時の、日本軍のソウル市内と周辺での行動を、現代のソウルの地図によって理解することは、困難であるように思います。本書によって、当時の具体的なイメージをつかむことが可能になります。

ただし、本ウェブサイト中では、本書からの引用等は行っていません。

 

趙景達 『近代朝鮮と日本』 岩波新書 2012
金重明 『物語 朝鮮王朝の滅亡』 岩波新書 2013

2012~13年に、岩波新書から2冊、朝鮮の近代史に関する本が出ています。どちらも、この分野についての、いわば入門書の位置づけであろうかと、想定いたします。

この2冊中では、金重明 『物語 朝鮮王朝の滅亡』 の方が、より読みやすく、記述のバランスも良いように感じました。新書版で紙数に制約もあり内容が舌足らずになっている、という印象もあります。しかし、読書を広げていくための入口としてはよく出来ている、と評価できるように思います。

他方、趙景達 『近代朝鮮と日本』 は、この2冊中では記述が相対的に詳細ですが、「政治文化の問題を糸口」にしていて、経済や財政にはあまり触れられていない、という制約があるように感じました。

本書の一番分かりにくい点は、朝鮮の伝統的な政治文化について、「儒教的民本主義」がキーワードとして使用されていること。多義を持つ言葉であり、定義が不十分なままでキーワードとすることが適切であったかどうか。経済的社会的に具体的に何を意味するかがいま一つ明確ではなく、また例えば江戸期の日本の農本主義(これも「儒教的民本主義」と言えないことはない)とどういう相違があったか、という比較も不十分と思います。

その結果としてかえって、当時の朝鮮が、具体的にどのような経済的社会的状況にあり、重要課題は何であったのか、対策は打たれていたのか、などの解明が曖昧になってしまったのではないか、とりわけ19世紀の後半という時点で「儒教的」であることと「民本主義」の実現とに対立はなかったのか、またそれが、独立を維持するための政策を阻害しなかったか、などの課題への追求が不十分になっているように感じました。

また、この2冊を読んでみて、入門書から一歩先に進むときは、今も、姜在彦や山辺健太郎の著作の価値は非常に高いと、あらためて感じました。なお、本ウェブサイト中では、この2書からの引用等は行っていません。

 

NHK DVD ETV特集 『日本と朝鮮半島2000年 第10回
〝脱亜″への道 江華島事件から日清戦争へ』
(2010年1月31日放送)

これは、本ではなく、NHKが2010年にETVで放送した番組のDVDです。同じシリーズの別の回を、「8h 豊臣秀吉の戦術と朝鮮侵攻」のページで取り上げました。

今回の内容は、江華島事件、壬午軍乱、甲申事変と金玉均暗殺事件、およびその間の福沢諭吉と金玉均との交流などに絞られてはいましたが、やはり1時間半という時間制約のなかでは、全体に舌足らずの印象は免れません。

特に、壬午軍乱は、開国後の日本への米輸出を原因とする米価高騰のせいであったとされてしまっており、根本にあった朝鮮政府の財政危機と、その原因となった閔氏勢道政治による官僚の著しい腐敗には何も触れられていなかった点は、学術的に見て適切とは言いがたいように思われます。すなわち、当時の朝鮮が抱えていた政治経済体制の最大課題が、提示されぬままに終わってしまいました。

そこに触れない結果として、甲申事変を起こしてしまった朝鮮の急進改革派の焦りも、改革派を支援していた福沢諭吉の失望の大きさも、さらには10年後の東学乱の発生の原因も、説明不足となっていたように思います。

また福沢について、日韓で評価がまったく異なるという話は出たものの、なぜそうなのかの理由の説明も不十分でした。『時事新報』 の論説にすべて福沢が関与してきたと解するか否かによって、二つの福沢像が存在してきた、という説明がまったく省かれていたためです。

しかし、映像としては、例によってNHKらしく、なかなかのものが含まれており、その点は多少の価値があるように思います。特に江華島事件については、海上から見た江華島事件の現場や、江華島事件の地図での説明、雲揚丸艦長井上良馨の報告書の現物など、面白いものがそろっていました。ただし、ソウルや東京は当時と現在とでは変化しすぎているせいでしょうか、江華島事件以外は面白い映像は少なかったように思いました。

この番組については、DVDが市販されています。また大きな公立図書館なら、そのDVDを所蔵していて借り出せる、という可能性があります。

 

 

 

次は、朝鮮の経済史、および当時の経済状況、さらに当時の日朝の経済関係に関する参考図書・論文です。