8h 豊臣秀吉の戦術と朝鮮侵攻

 

本ウェブサイトでは、以下の2点の関心から、豊臣秀吉にも言及しています。

その2点のひとつは、日清戦争での日本陸軍の作戦にカイゼンの余地があったかどうかを考えるため。それには、日本史上でその効率の良さが実証されていた、天下統一に至るまでの豊臣秀吉の戦術思想との対比を行いました。

もう1点は、秀吉の朝鮮侵攻は、300年後の19世紀後半、日清戦争期の朝鮮や日本にも依然強い影響を与えていた、という事実があるため。300年もの間影響を与え続けた朝鮮側の被害とは、具体的にどのようなものであったか、確認を行っています。

 

高効率だった、天下統一に至るまでの豊臣秀吉の戦略思想

小和田哲男 『豊臣秀吉』 中公新書 1985
小和田哲男 『秀吉のすべてがわかる本』 三笠書房 1995

小和田哲男 豊臣秀吉 カバー写真

小和田哲男氏の上記2冊の著書のうち、『豊臣秀吉』は、史料で裏付けのある範囲での豊臣秀吉像を明らかにするものです。

多くの物語が創作されてしまった秀吉について、「歴史研究の対象」として、「確かな史料をもとにして、秀吉の一生を追跡調査することを目的」としています。どこまでが史実で、どこから創作か、創作ならいつごろ誰が創作したのか、まで追求されています。後世に著作された『太閤記』ものが、いかに虚構に満ちたものであったかが、よく分かります。

『秀吉のすべてがわかる本』も、秀吉の全生涯を整理した著作で、内容は『豊臣秀吉』とかなり重複しています。書き方は、『…わかる本』の方がより通俗的で、読みやすくなっています。

『豊臣秀吉』は、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで引用等を行っています。

『秀吉のすべてがわかる本』は、「4 日清戦争の経過 - 4e 戦闘の総括 戦費と戦死者」のページで引用等を行っています。

 

 

 

小和田哲男 『秀吉の天下統一戦争 (戦争の日本史15)』
吉川弘文館 2006

本書は、吉川弘文館の「戦争の日本史」シリーズの1冊で、天下統一にいたるまでの秀吉の「合戦そのものを中心に論じたもの」です。

秀吉は、何と言っても、それまで長きにわたり群雄割拠と領地の取り合いを続けてきた日本を統一しました。他の人では出来なかったことをやり遂げた人物てあるだけに、その軍事思想、戦い方については、やはり他の人よりも優れた点がいろいろあった、といって良いように思います。

秀吉の戦い方の中には、時代が16世紀であったから、あるいは場所が日本国内であったから、有効であった、という部分も確かにありましたが、19世紀の対外戦争であっても、大いに参考に出来る部分が少なくなかったように思います。

明治の日本軍は、秀吉の天下統一後の朝鮮侵攻という悪い部分だけを、軍事的には失敗例であるのにかかわらず反省・批判せずに模倣し、秀吉が天下統一に至るまでの国内戦争で発揮した優れた戦術・戦略は、成功例であったのにかかわらず何も参考にしなかったように思われます。その正反対のことをしていれば、昭和前期の大失敗は生まれなかったのではないか、という気がします。

本書は、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻

4 日清戦争の経過 - 4b4 中盤戦④ 旅順虐殺事件

同-総括 4e 戦闘の総括 戦費と戦死者

 

300年後まで、朝鮮に強い反日感情生じさせた、秀吉の朝鮮侵攻

中野 等 『文禄・慶長の役 (戦争の日本史16)』 吉川弘文館 2008

本書も吉川弘文館の「戦争の日本史」シリーズの1冊で、秀吉の朝鮮侵攻がテーマです。

天下統一戦争の途上での「唐入り」の表明から戦後の日朝国交回復まで、すなわち朝鮮侵攻の準備開始から、二度の侵攻と朝鮮側の抵抗・明軍の参戦、その間の明側との講和交渉の経緯、そして撤兵後の日朝交渉まで、朝鮮侵攻の全体像を、詳細に記述しています。

秀吉の朝鮮侵攻の全体像を1冊で理解するには、この本が最適かと思われます。

本書は、本ウェブサイト中の「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで引用等を行っています。

 

旧参謀本部編纂 桑田忠親・山岡壮八監修 『日本の戦史-朝鮮の役』
徳間書店 1965 (徳間文庫版 1995)

旧参謀本部編纂 日本の戦史-朝鮮の役 カバー写真

原著の参謀本部編纂 『日本戦史・朝鮮役』 1924 は、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されており、読むことができます。

本篇と補伝から成り、本篇は参謀本部が諸史料に基づき記述、補伝では各史料の内容が再録されています。本書はその現代語訳抄録版です。原著の「本篇」が本書では「第一篇」、「補伝」が「第二篇」となっています。

参謀本部の原著は、秀吉の朝鮮侵攻について、ほとんど論評を交えずに、事実だけを淡々と追っているところに特徴があります。しかし、その結果として、せっかくの失敗事例から学べるところを指摘せずに終わっています。失敗の教訓がいろいろとあったと思いますが、それがなされなかった、日本軍のカイゼンに生かされなかったことは、まことに残念でした。

「論評しない」特徴ゆえに、日本軍の中では、加藤清正についてさえ特にコメントされてはいません。ところが、朝鮮の李舜臣に限って、「朝鮮の陸兵が連敗したのに反し、水軍が連勝し、日本の水軍の西進を拒んだのは、一つは船舶建造が日本よりすぐれていたことにあった。しかし、戦船の運用や武器の使用は将帥その人の良し悪しにある。朝鮮の水軍は名将李舜臣を得てはじめてその効果をあげた」と、大いに誉めているところが、なかなか面白いと思います。

本書も、本ウェブサイト中の「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで引用等を行っています。

 

北島万次 『秀吉の朝鮮侵略と民衆』
岩波新書 2012

北島万次 秀吉の朝鮮侵略と民衆 カバー写真

本書の「はじめに」で、「日本・朝鮮両国の民衆は、秀吉の野望が惹き起こした戦争にさまざまな形で巻き込まれた。このような視点をふまえて、本書では、当時、朝鮮水軍全体を指揮する立場にあった李舜臣の 『乱中日記』 から、この戦争における民衆の様子を見てゆく」としています。

したがって、本書は、朝鮮侵攻の全体像を論じたものではないのですが、本書の構成で、まず秀吉の朝鮮侵攻の経緯全体が簡潔に要約されていますので、このページに挙げました。

秀吉の朝鮮侵攻についてあまり知識を持っていな人が、全体像の概略をてっとり早く理解するには、この要約部分はたいへん役に立ちます。

そのあとが本書の本論で、李舜臣の水軍の戦闘の詳細、その水軍に関与した職人や船漕ぎの詳細、そして日本軍で出征して明・朝鮮軍側に降伏した「降倭」の詳細、について、記述しています。

もちろん、この本論も、読む価値が高いものだと思います。

本書も、本ウェブサイト中の「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで引用等を行っています。

 

 

 

NHK DVD ETV特集 『日本と朝鮮半島2000年 第8回 豊臣秀吉の朝鮮侵略』
2009年11月29日放送

これは、本ではなく、NHKが2009年に放送した番組のDVDです。

この番組には、日韓の代表的な研究者(日本側は北島万次氏と中野等氏のお二人)も出演し、学術的にそれなりのレベルは確保できているように思います。しかし、1時間半という時間制約の中で、映像としての面白さのある材料も取り入れた上で、文禄慶長の役の全貌をカバーしようとするには無理があったのではないでしょうか。結局、網羅的に詰め込みすぎて、広いが浅くて舌足らずな番組に終わってしまっている、という印象があります。

とはいえ、肥前名護屋城や韓国南岸の倭城の現状と、城址から見える風景の紹介は、テレビならではのものです。また、天皇・関白は北京に移るなどとした壮大な国家拡張計画をしたためた秀吉の文書や、秀吉の朝鮮渡海に反対した後陽成天皇の書状、あるいは李舜臣の「乱中日記」など、多数の非常に重要な史料の「現物」の映像なども含まれています。こうした点は、さすがNHK、といえるように思います。

この番組については、DVDが市販されています。また大きな公立図書館なら、そのDVDを所蔵していて借り出せる、という可能性もあります。

 

金洪圭 編著 『秀吉・耳塚・四百年-豊臣政権の朝鮮侵略と朝鮮人民の闘い』
雄山閣出版 1998

秀吉が京都方広寺に耳塚を造って400年、というタイミングで開催されたシンポジウムに提出された5本の論文と、そのシンポジウムの記録などをまとめたものです。

収録されている論文は、下記の通りです。

● 貫井正之 「豊臣政権の朝鮮侵略と朝鮮義兵闘争」
● 朴容徹 「壬辰戦争における朝鮮側の対応」
● 琴秉洞 「秀吉の耳塚築造の意図とその思想的系譜」
● 仲尾宏 「朝鮮通信使と『耳塚』」
● 戸義昭 「略奪していった人、物と朝鮮文化について」

本書の副題から、シンポジウムそのものの政治性を気にされる方があるかもしれませんが、論文としては、そのほとんどがきわめて学究的であり、読む価値があると思います。

貫井論文では、日本側の侵攻に、朝鮮の義兵運動がどう戦ったのか、その成功例も失敗例も具体的に明らかにされています。

朴論文では、秀吉の侵攻の情報を事前に聞いても対策を打たず逃げるだけだった朝鮮宮廷の反応と、具体的に対策を行って反撃に成功した、水軍の李舜臣・義兵の郭再祐とが詳述されています。

仲尾論文では、鼻斬りの起源・原因のほか、江戸期から明治期に至るまでの秀吉の朝鮮侵攻に対する日本国内での評価が述べられています。

本書からも、本ウェブサイトの「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで、引用等を行っています。

 

宇土市教育委員会 『記録集 小西行長を見直す』 宇土市 2010
鳥津亮二 『小西行長-抹殺されたキリシタン大名の実像』 八木書店 2010

秀吉の朝鮮侵攻の中で、小西行長が果たした役割は、侵攻を進めていった時、講和交渉の時、再侵攻の時、朝鮮侵攻全体のどの段階でも、きわめて大きかったようです。その意味から、小西行長についての理解なしに朝鮮侵攻の理解なし、と言ってよいのかもしれません。

ところで、小西行長については、最近発掘された史料も多いようで、最新の研究を見ておく価値があります。上記の2書は、そうしたものの中で代表的なものであるようです。

小西行長について、生涯の全体をてっとり早く理解するには、『記録集 小西行長を見直す』が非常に参考になります。これは、宇土市が2009年に開催したシンポジウムの記録であり、その際の討論会や講演会の記録に加え、関連する写真資料などが収録されています。討論会・講演会のメンバーは小西行長の研究者ですので、この時点での小西行長研究の最新状況がわかる本、といえるように思います。

『小西行長-抹殺されたキリシタン大名』の方は、「史料で読む戦国史」と題されたシリーズの1冊で、「資料の内容を読み解いて、小西行長の生涯を描き、実像を解明する」(同書「はじめに」)ことが目的の書であり、「小西行長発給文書集成」などの史料集も付されています。

この2書とも、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで、引用等を行っています。

 

竹村公太郎 『日本史の謎は「地形」で解ける』 PHP文庫 2013

竹村公太郎 日本史の謎は「地形」で解ける カバー写真

秀吉の項目に挙げるのは適切ではないかもしれませんが、本文中では朝鮮侵攻の項で引用していますので、ここに入れておきます。

著者は、元は建設省でダム・河川事業に携わってきた技官のお役人なのですが、その専門性を活かし、地形やインフラの視点から歴史を見る、というユニークな歴史論が展開されています。

本文中で取り上げたのは、本書の第1章「関ヶ原勝利後、なぜ家康はすぐ江戸に戻ったか」の内容であり、説得力が高いように思います。

本書の他の章にも、著者の推定に全面的に賛成できるかどうかは別にして、地理・地形からすればそうであったかもしれない、と思える指摘が並んでいて、なかなか面白い本です。

本書からも、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c1 朝鮮① 秀吉の朝鮮侵攻」のページで、引用等を行っています。

 

 

 

 

 

次は、日清戦争の社会的影響など、個別の分野に関する研究書や資料について、です。