8e 日清戦争の戦史研究

 

日清戦争の戦史の詳細な研究書も多数あります。そうした研究書では、従軍者の手記や軍の内部資料など、公刊戦史以外の戦記史料も参照して詳細な研究がされています。このページでは、それらの戦史研究書を挙げます。

日清戦争の全過程を論じたもの、戦争過程の一部を詳論したもの、海軍関係について研究したものがあります。また、外交官の資料ですが、日清戦争の戦争過程の一部を理解するのに役立つもの、戦史とはいえないかもしれませんが、日清戦争はなぜ開戦されることになったのか、という日清開戦史研究に絞った研究書も、ここに挙げました。

 

原田敬一・斎藤聖二 両氏による日清戦争の全過程研究

原田敬一 『日清戦争 (戦争の日本史19)』
吉川弘文館 2008

原田敬一 日清戦争 カバー写真

著者は本書の「プロローグ」で、「私たちが日清戦争を再検討するのは、それを通じて日本近代の歴史的な位置を確かめるためである」、「もう一つ本書で追求したいのは日清戦争の軍事史的解明である」としています。

本書は、日清戦争について、その戦史に集中した研究書であり、公刊戦史と同様、開戦直前の状況から、講和後の台湾征服戦まで扱っています。

公刊戦史以外のさまざまな戦記資料や戦史研究書も参照して書かれていますので、戦争の過程について、公刊戦史よりも実際にあった事実の確認が進んでいる、と言えます。日清戦争を理解するための必読書の一つ、と思います。

本書は、本ウェブサイト中の「4 日清戦争の経過」の全般で、もっとも多く引用等を行っている本です。それ以外では、下記のページで、引用等を行っています。

はじめに - c 日清戦争の地図

3 日本の戦争準備 - 3c 朝鮮出兵と開戦決定

同 3d 朝鮮王宮襲撃事件

 

 

斎藤聖二 『日清戦争の軍事戦略』
芙蓉書房出版 2003

斎藤聖二 日清戦争の軍事戦略 カバー写真

日清戦争の軍事的側面に関する論文集です。著者は「序」の中で、「軍事的観点を軸として日清戦争を見直してみようとするもの」であり、「軍事的側面を実証的に跡付けていく」ものであるとしています。

各章の内容は、下記のようになっています。

● 戦争の準備過程
● 開戦と派兵
● 朝鮮半島での電信線強行架設
● 兵員輸送の展開
● 遼東半島作戦から山東半島作戦へ
● 直隷決戦の準備と講和
● 戦後の軍拡案
● 寺内正毅のヨーロッパ軍事視察

著者の研究では、防衛省の防衛研究所が保有する豊富な史料が活用されているようです。公刊戦史や通常の戦史研究書には現れない、しかし戦争の遂行には必須の実務的な経過まで実証したものであり、大きな価値がある研究書であると思います。

本書からは、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

3 日本の戦争準備 - 3a 日本の軍備状況

同 3c 朝鮮出兵と開戦決定

4 日清戦争の経過 の全般

6 朝鮮改革と挫折 - 6c 三国干渉後の井上公使退任

7 日清戦争の結果 - 7c 日清戦後の軍拡

 

中塚明氏の2つの研究書

中塚明 『歴史の偽造をただす - 戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占領」』
高文研 1997

中塚明 歴史の偽造をただす カバー写真

本書は、その書名をみただけで、「教条的」であるとか、ジャーナリスティックに煽情的だとか、学究的とは思えない、といったイメージを持たれる可能性があるように思います。

しかし、本書の内容の中心部分は、下記となっています。

● 発見された 『日清戦史』 の草案から判明した、日清開戦直前、1894年7月23日の「朝鮮王宮襲撃」事件での、日本軍の行動の具体的な詳細

● 「日露戦史編纂綱領」の内容、および日清戦史には編纂方針があったのかの検討

本書のこの中心部分は、まさしく戦史研究となっており、著者はきわめて学究的に検討を行っていて、イデオロギーには関係がありません。読む価値が高いと思います。

確かに、ところどころに著者の「教条的」な表現が表れていますが、それが気に入らない方は、そうした表現の個所だけ読み飛ばされればよいと思います。

本書からは、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

3 日本の戦争準備 - 3d 朝鮮王宮襲撃事件

4 日清戦争の経過 - 4e 戦闘の総括 戦費と戦死者

 

中塚明 『現代日本の歴史認識』 高文研 2007

同じ著者によるもので、上掲の 『歴史の偽造をただす』 よりさらに「教条的」な表現が豊かな本です。

しかし、本書も、そのうち第3章だけは、上掲書の内容と重複する部分も多いものの、史料の紹介が中心となっていて、価値があります。

とくに、下記の部分は役に立つと思います。

● 江華島事件について、雲揚の艦長であった井上良馨による、当時のいくつかの報告書の紹介
● 王宮襲撃事件に関連して、日清戦史編纂方針に関する史料や大院君のかつぎだしに関する関係者の回想の紹介

本書からは、本ウェブサイト中、「4 日清戦争の経過 - 4e 戦闘の総括 戦費と戦死者」のページで引用等を行っています。

 

海軍関係の戦史研究

戸高一成 『海戦からみた日清戦争』
角川oneテーマ 2011

戸高一成 海戦からみた日清戦争 カバー写真

海軍史研究家としてよく知られた著者の著作です。

著者は「はじめに」の中で、「日露戦争の勝利の原因」の「多くを日清戦争に求めなければならない」、明治政府は「海軍の根幹は、実は軍艦の整備ばかりではなく有能な海軍軍人の養成にあることを明確に認識していた、と見て取ることが出来る」と書いています。

本書の内容は、幕末の海軍建設から始まり、日清両国の対外戦略、日清戦争に至るまでの日本海軍の拡張計画・人材育成と組織改革、日清戦争での日清両海軍の海戦、そして戦後の軍拡まで及んでいます。

海軍史の専門家の著作だけに、艦船や操艦などについての技術上の説明も分かりやすく、日清戦争を理解するために読む価値の高い本の1冊と思います。

本書は、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

3 日本の対清戦争準備 - 3a 日本の軍備状況

同 3b 日本の指導者たち

4 日清戦争の経過 - 4a1 序盤戦① 豊島沖海戦

同 4a4 序盤戦④ 黄海海戦

同 4b6 中盤戦⑥ 威海衛

 

太平洋戦争研究会 『図説 日本海軍』
河出書房新社 1997

太平洋戦争研究会 図説 日本海軍 カバー写真

一般読者用の、日本海軍の通史、と言えるものだと思います。ペリーの黒船来航から、昭和前期の敗戦までが扱われています。

写真が多用されていますので、例えば、日清戦争当時の軍艦の中で、フランスで建造され期待はずれに終わった三景艦の「松島」と、イギリスで建造され現に大活躍した「吉野」は、それぞれどういう外観だったか、よく分かります。伊東連合艦隊司令長官らの写真も掲載されています。

海軍史研究の権威である野村実氏が監修者とされていますが、本書の豊島沖海戦の記述では、清国軍艦が先に砲撃を始めたと書いています。すなわち、野村実氏ご自身および一般に史実と認められている見解に反した記述であり、野村実氏が本当に監修をしたのか、疑わしさも感じました。

本書も、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

3 日本の戦争準備 - 3a 日本の軍備状況

4 日清戦争の経過 - 4a1 序盤戦① 豊島沖海戦

同 4a4 序盤戦④ 黄海海戦

同 4b6 中盤戦⑥ 威海衛

 

論文集・外交史

軍事史学会編集 『軍事史学 特集・日清戦争』 第30号 第3巻 1994

軍事史学会編集 軍事史学・特集日清戦争 表紙写真

日清戦争開戦100周年の1994年に出された、日清戦争特集号です。錦正社から発行されています。

本号では、特に下記の論文と目録が収録されています。

● 桑田悦 「日清戦争前の日本軍の大陸侵攻準備説について」
● 西岡香織 「日清戦争の大本営と侍従武官制に関する一考察」
● 原剛 「日清戦争における本土防衛」
● 編集委員会 「日清戦争関係文献目録」

「文献目録」については、この学会の性格を反映し、特に防衛研究所所蔵資料が詳細に網羅されている、という点に特徴があるように思います。

本雑誌中の論文のうち、原剛論文は、本ウェブサイト中、「4 日清戦争の経過 - 4a4 序盤戦④ 黄海海戦」のページで、引用等を行っています。

 

 

 

外務省編 『小村外交史』 上下2巻
紅谷書店 1953

日露戦争時の外務大臣だった小村寿太郎は、日清戦争時には、第一軍に従軍し、最初の安東県に置かれた最初の民政長官になっています。また閔妃殺害事件が発生した時には、東京から現地に派遣され、そのまま三浦梧楼の後任の公使となりました。

この小村寿太郎の伝記は、外務省が本書にまとめていて、日清戦争前後の時期については、上巻に入っています。戦記ではありませんが、戦記関連資料として、ここに挙げておきます。

本書は、外務省のウェブ・サイトで公開されており、容易に読むことができます。

本書からは、本ウェブサイト中、以下のページで引用等を行っています。

4 日清戦争の経過 - 4a3 序盤戦③ 平壌の戦い

同 4b2 中盤戦② 九連城より清国内へ

 

日清戦争開戦史の研究

高橋秀直 『日清戦争への道』
東京創元社 1995

壬午軍乱から日清開戦までの日本の対朝鮮政策と財政政策を検証することによって、日清戦争の開戦がいかに決定されたかを再検討した研究書です。

壬午事変後、日本は朝鮮への介入を強めるが、甲申事変の敗北により後退、しかし朝鮮支配をめざす基本路線は変わらず、以後、対清戦のための軍備拡張を進め、好機をとらえての日清開戦にいたった、というのが従来の通説でした。

それに対し、実際の外交・財政政策を検証することで、当時の政府は健全財政原則を維持しており、軍拡はその範囲内で行われていたこと、外交的にも伊藤・井上らの対清協調論が行われてきたこと、日清戦争直前の状況では、陸軍と陸奥外相は対清対決方針を持っていたが、公的方針は伊藤首相の対清避戦方針であり、当初政府は対清開戦を考えてはいなかったこと、結局陸奥外相の謀略的と言うべき個人外交により開戦にいたったこと、が論証されています。

本書は、従来の通説を大幅に修正するものとなりました。非常に価値が高く、必読の研究書の1冊であると思います。

本書は、本ウェブサイト中、下記のページで引用等を行っています。

2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変

同 2c4 朝鮮④ 東学乱まで

3 日本の戦争準備 3a 日本の軍備状況

同 3c 朝鮮出兵と開戦決定

 

崔碩莞 『日清戦争への道程』
吉川弘文館 1997

上掲の高橋秀直 『日清戦争への道』 を批判する書です。基本的に壬午軍乱から開戦までという、全く同じ時期を検証して、全く異なる結論に達しています。日清戦争前、日本政府が対清開戦策を取るか対清避戦策をとるかは、列強の干渉がどこまで強そうかの可能性の判断に影響されていた、という結論となっています。

この著者の論証に従えば、井上馨という人は、本質的には強硬論者であるが、他の強硬論者たちとは異なり、簡単に強硬論をやめて平和論に変えたり、強硬論にまた戻ったりと、短期間のうちに頻繁に意見を変えた人である、その理由はその時々の列強からの外圧の状況への判断のみである、ということになってしまいます。

著者の議論・論証は、日本政府の外交・軍事面での動きに集中していて、その背後にあったはずの財政・経済の動きは捨象されています。また、史料の裏付けが不十分なのに断定的な記述が行われていたり、あるいは、別の解釈も充分にありうる史料について一つの解釈だけを適用していて、論証不足と感じられる部分が少なくありません。高橋説への反論として、成功しているようには思われません。

ただし、著者の論証の中で、根拠となる史料が適切に提示されている論証については、十分に考慮すべきものであり、高橋説の中で修正が必要な点もあるかもしれません。

本書には、本ウェブサイト中、「2 戦争前の日清朝 - 2c2 朝鮮② 開国~甲申事変」のページで言及しています。

 

 

 

次は、旅順虐殺事件についての研究書・図書についてです。