8d 公刊戦史・写真帳
日清戦争はとにかく戦争ですから、その戦記を読み、また戦場の写真を見てみることは、日清戦争を理解するのに非常に役立ちます。
日清戦争の戦史として、まずは参謀本部が編纂した日清戦争の公式の戦記、いわゆる公刊戦史があります。これにはその現代語抄訳版もあります。その戦史の理解に役立つものに、当時の記録写真集があります。また、その写真は誰が如何にして撮影したのか、当時の写真技術と写真家についての研究書もあります。
ここでは、本ウェブ・サイトを制作するさいに参考にした、公刊戦史および写真関連の図書・資料について整理しています。
このページの内容
日清戦争の公刊戦史
参謀本部編纂 『明治二十七八年日清戦史』 全8巻 1904
参謀本部が編纂した、日清戦争に関する公式の戦史です。戦争の起因や、日清両国軍の戦力から始まり、戦記としては台湾征服戦までを含んでいるほか、兵站や衛生まで記述されています。
筆者は、このウェブ・サイトを製作するにあたって、誠に恐縮ながら、実はこの公式戦史そのものは、一部を除いてほとんど読んでおらず、次にご紹介する現代語訳の抜粋(徳間文庫版)に頼ってしまいました。
ただし、本ウェブサイトの「4 戦争の経過 - 4b7 中盤戦⑦ 遼河平原と占領地」のページに記した、日本軍の占領地行政の状況に関しては、徳間版では記述が割愛されているため、公刊戦史そのものに依っています。
また、地図についても、徳間文庫版のものは非常に制約があり、公刊戦史の付図を大いに参照しました。このウェブ・サイトの戦地の地図は、公刊戦史の地図にあった情報を、筆者が現代のGoogleなどの地図・航空写真の上に置き直してみたものです。
この公刊戦史は全巻、地図も含めて、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されていますので、インターネット環境さえあれば読むことができます。
ただし、地図については、解像度が十分には高くないようなので、地図上の小さな文字は、デジタルライブラリーから読み取るのはかなり困難です。大きな公立図書館には原本が置かれているところもありますから、そこで現物に当たらないと判読できない、という場合が通常でした。この点は、本ウェブ・サイトの「日清戦争の地図」のページにも書いたとおりです。
旧参謀本部編纂 桑田忠親・山岡宗八監修 『日本の戦史・日清戦争』
徳間書店 1966 (徳間文庫版 1995)
上記の公刊戦史を、現代語化した簡略版です。重要度の低い記述が削られているだけでなく、台湾征服戦などは、まるまる省略されています。しかし、公刊戦史の主要部分については、現代文化されていて読みやすく、その点に最大のメリットがあります。
巻頭に桑田忠親による概説があり、日清戦争当時の国際情勢が説明されています。また、巻末の池辺実による「補章 日清戦争」では、「出征軍の食物」や、外国人特派員や従軍武官ら日清戦争を実見した外国人による論評の抜粋など、公刊戦史にはない内容も含まれていて、公刊戦史とは別の価値もあります。
徳間文庫版は、新本では買えませんが、古本が簡単に手に入ります。
本書は、本ウェブサイト中の「4 日清戦争の経過」の全般で、非常に活用しています。
日清戦争の写真
陸地測量部撮影 『日清戦争写真帖』 1895
日清戦争では、戦争を記録するのに写真が使われるという、当時としては画期的なことがありました。
まずは民間の写真師が従軍、さらに陸軍参謀本部陸地測量部の部員を中心に大本営付きの従軍写真班も結成され、従軍して撮影を行ったとのこと (後掲 井上祐子 『日清・日露戦争と写真報道』)。陸軍・陸地測量部が委託して撮影された写真は、『日清戦争写真帖』として出版されたようです。いわば、公刊写真帖、という位置づけでしょうか。
公刊戦史同様、この写真帖も、やはり国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。(タイトルは 『日清戦争写真帖』 が○、『写真帳』 は×です。『帳』の字で入力してしまうと、検索で引っかかりませんので、ご注意ください。)
同じタイトルで、全部で16冊が公開されています。各冊の写真は、大体は異なっていますが、一部に同じ写真が異なる冊に入っていることもあります。
一部の冊は、「旅順口」とか「威海衛」などの副題がついていて、中身がわかりやすいのですが、厄介なことに、副題が付いていないものの方が多数で、その場合には、いちいち中を開けて目次を確認しないと、その冊に何の写真が入っているかが分かりません。
また、残念ながら、鳳凰城以後の第一軍の戦いや、台湾征服戦についての写真は、本写真帖には含まれていません。
このウェブ・サイト中でも、「4 日清戦争の経過」の全般で、この 『日清戦争写真帖』 に入っている写真の一部をご紹介しています。日清戦争を理解するのに、一見の価値がある写真集だと思います。
陸地測量部編 『日清戦争写真石版』 小川一真出版部 1894-95
このタイトルで3冊あり、やはり国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。
石版とは、特殊な大理石を版材として脂肪と水が反発するという化学反応を利用した平版印刷で、彫刻の必要がなく時間と手間の短縮でき、ぼかし・大量印刷・多色刷りも可能な技術であったとのこと(後掲 井上祐子 『日清・日露戦争と写真報道』)。
書名に「石版写真」とあるので、写真を石版化して印刷したものと思われます。実際、本書中の大多数は、上の『日清戦争写真帖』中の写真を抜粋して石版印刷したものですが、中には、これにしか入っていないものもあります。「4 日清戦争の経過 - 4b4 中盤戦④ 旅順虐殺事件」のページの1枚は、本書から引用しています。
亀井玆明 撮影 『明治廿七八年戦役写真帖』 上・下巻 亀井玆常 1897
本写真集も、やはり国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。
撮影者の亀井玆明(かめい これあき)ですが、亀井家は維新前は石見国(島根県)津和野藩4万3千石の大名で、維新後に華族制度ができると、当主の玆明が、最初は子爵、やがて父親の維新の功で伯爵となったとのこと(小田部雄次 『華族』)。
玆明は、ドイツ・イギリスに行ったさいに写真術を学び、腕を磨いていたところ、日清戦争が起こったので、写真術で国家に報功しようと、大本営に乞うて従軍しました(本書の「小引」=はしがき)。
撮影者は、第二軍に従軍したようで、大山司令官はじめ第二軍の師団長・旅団長ら幹部の写真から始まり、戦地の状況だけでなく、戦地出発前の日本国内の鉄道各駅や宇品港での状況や、戦勝後の東京市内の状況まで、陸地測量部の 『日清戦争写真帖』 とは全く異なる多数の写真が掲載されているだけでなく、各写真には簡単な解説まで付されています。
公刊写真帖の 『日清戦争写真帖』 と比べ、日本軍や現地の表情が分かる写真が多い、という印象です。日清戦争を理解するのに、公刊写真帖と同等以上の価値がある写真集だと思います。
本書からは、「4 日清戦争の経過 - 4b4 中盤戦④ 旅順虐殺事件」のページで、写真と解説を引用しました。
また「3 日本の戦争準備 - 3b 日本の指導者たち」の陸軍師団長以上の写真も、一部は本書から引用しています。
毎日新聞社 『日本の戦史 1 日清・日露戦争』 (1億人の昭和史シリーズ) 1979
毎日新聞社は、自社が保有する膨大な報道写真のストックを活用して、『1億人の昭和史』 という画報シリーズを1975~77年に出しましたが、その延長線で、『日本の戦史』 シリーズも出版、本書はその第1巻です。
「日清・日露戦争」という巻名になっていますが、北清事変(義和団事件)、第1次世界大戦、シベリア出兵も扱われています。要するに、近代日本で、満州事変よりも前にあった戦争・事変等がほぼカバーされた巻、ということになります。
ただ、カバーされている範囲が広いので、個々の戦争についての写真枚数は多くはありません。その分、厳選された写真が掲載されているとも言えます。
新聞社が派遣した従軍カメラマンによる写真ですので、上掲の亀井伯爵撮影の写真帖と同様、公刊写真集とはかなり違った視点からの写真が多く含まれています。敵兵の死体が写っている写真が多いのは、当時はそれが日本軍の強さを示すものという感覚があったから、でしょうか。
本書も、日清戦争を理解するのに、大いに役立つと思います。
本書には、公刊写真帖や亀井伯爵の写真帖にはなかった、遼河平原・澎湖島・台湾での写真も入っており、本ウェブサイトの下記のページで、本書中の写真を引用しました。
● 4 日清戦争の経過 - 4b7 中盤戦⑦ 遼河平原と占領地
小沢健史 『写真 明治の戦争』
筑摩書店 2001
本書は、日清戦争を含む明治期の戦争で撮影された写真を収録するとともに、当時の写真家についても紹介しています。
日清戦争の写真については、陸軍から撮影を委嘱されていない写真家による写真、つまり上記の 『日清戦争写真帳』 には含まれていない写真も、収録されています。
井上祐子 『日清・日露戦争と写真報道-戦場を駆ける写真師たち』
吉川弘文館 2012
本書は、当時の日本での写真術の発達状況、写真家、また写真の印刷出版技術や新聞・雑誌上での写真の掲載に至るまで、写真に関わる事項を広く探求して分かりやすく紹介しています。
日清戦争のときに従軍した写真家は誰か、撮影された写真はどのように出版されたか、戦争写真集は当時どれだけ売れたか、なども詳しく記述されています。
『近世名士写真』 其1・其2
近世名士写真頒布会 1935
本写真集は、戦争写真の写真集ではなく、政界や軍人中の名士の写真集です。本写真集も、やはり国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。本ウェブサイト中の人物写真は、本書から引用しています。
吉田松陰・高杉晋作・小松帯刀・坂本龍馬や徳川慶喜ら幕末期の名士や、三条実美・岩倉具視・西郷隆盛・木戸孝允・大久保利通ら維新期の名士から、明治大正期の名士まで、合わせて120人ほどの人物写真が含まれています。
幕末・明治・大正期の名士の写真を確認するのに、非常に役立ちます。
なお、国立国会図書館デジタルコレクションに、明治大正期の写真集ではどのような写真集が所蔵されているかについては、同コレクション内で、「国立国会図書館所蔵写真帳・写真集の内容細目総覧 ー明治・大正編一」という資料が公開されていますので、検索の役に立ちます。
次は、日清戦争の戦史の研究書について、です。